劇団支える鑑賞団体「存亡の機」 ある役者が送った言葉

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荻原千明2021617600

 

日本の演劇文化を支える「演劇鑑賞団体」が全国各地で解散や規模縮小に追い込まれている。高齢化や新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受けているからだ。鑑賞団体は公演の場を提供する役割も担っており、劇団の衰退にもつながりかねない。

 

コロナ下の観劇ためらい 「家族に止められて」

 「この会員数では予算のやりくりができない」「コロナ下で勧誘も難しい」

 昨年12月以降、東京都立川市の演劇鑑賞団体「三多摩演劇をみる会」の事務所では役員9人が集まるたび、打開策を話し合ってきた。

 会員から集めた会費で劇団に公演料を支払うため、安定して運営するには会員800人が必要だ。いまは500人強。4月に会費を月2250円から月2500円に引き上げざるを得なかった。

 同会は1974年に発足し、91年には会員が3450人になった。しかし、高齢化で会員が減る中、新型コロナが直撃。年6回ある公演は昨年は3回にとどまり、開演しても「家族に止められた」などと、来場者が会員の60%弱に落ち込む回もあった。元代表の浦上雄次さん(84)は「行けないからやめるという人が出てしまう。存亡の機にある」。鑑賞団体は全国各地にあるが、首都圏でもこの1年で、複数の団体が幕を閉じた。

 三多摩演劇をみる会の高木美栄子事務局長は、「演劇鑑賞会には普段の観劇とも違う魅力がある」。会には公演する劇団から事前に台本が届く。それを元に作品の歴史的背景を学ぶ勉強会を開いたり、同じ原作の映画を見たりと、観劇にとどまらない。大道具の搬入を手伝い、俳優とふれ合う機会もある。「単なるお客さんでなく、より芝居に関われる。この楽しさを若者と共有したい」という。

 ただ、今年5月に閉会した前橋演劇鑑賞会(群馬)の副委員長だった池田栄一さん(73)は、若者の参加が難しい時代だと感じる。同会の始まりは62年の前橋勤労者演劇協議会。働くだけでない豊かさを求めて職場単位で入会したが、今の働く世代は、観劇に時間を回す余裕がないように見える。加えて、娯楽の多様化や交通の発達も影響しているとみる。「会員になると東京の一流の芝居が群馬でも見られるという憧れがあったが、今は簡単に東京へ見に行ける」と話す。

 演劇鑑賞団体の衰退は、都市部の劇団が地方公演をする機会を奪い、劇団の運営にも影響してくる。

 コロナ下でも会員を増やしている、となみ演劇鑑賞会(富山)の事務局長、上田良子さん(70)は「演劇鑑賞会と劇団は、日本の演劇文化の両輪にたとえられる。最高の舞台のために私たちも役割を果たし続けたい」という。

 

演劇鑑賞団体 会員ピーク時の3分の1に

 演劇鑑賞団体 全国各地にある会費制観劇団体の総称。「市民劇場」「演劇をみる会」など様々な名称があり、主に在京劇団を招いて年6回ほど「例会」と呼ばれる鑑賞会を開く。会員がパンフレットを作ったり公演日の受付を担ったりして運営するのが特徴。全国演劇鑑賞団体連絡会議によると、1990年代半ばに約287千人いた会員は、9万人足らず(今年4月末)に。団体数も2000年代は140を超えていたが115団体(同)。

 

佐藤Bさん「上質な人間性を感じる」

 

 演劇鑑賞会での上演を約30年前から続ける劇団東京ヴォードヴィルショー主宰で俳優の佐藤B作さん(72)に話を聞いた。

うちの劇団は東京公演だけでは赤字。全国各地の演劇鑑賞会に呼んでいただき、公演回数が増えると経済的にすごく助かるんです。ただコロナ禍で首都圏でもつぶれてしまったところがあり、びっくりしています。

 5月末からの東北地方の上演も、かつては2カ月ほどかけて回りましたが、今は約2週間。会や会員さんの数が減りました。公演料は会員数で算定されるので、1ステージの金額も下がります。

 ただ厳しい中でも頑張って呼んでくださる。「私たちは見捨てません、応援しますよ」という上質な人間性を感じます。行く方も、気持ちを入れてやるぞと思いますね。

 劇団としてはどうしても、大阪や名古屋といった大都市以外の公演は難しい。演劇鑑賞会では地方都市に行けるのが大きい。コロナ前は交流会があり、食事やお酒をいただきながらお話もしました。和歌山では地元の食材で和食のフルコースをいただいたこともあります。

 上演後に質問をいただくと、知性を通して芝居をご覧になる、考えることを楽しむ会員さんが多いと感じます。日本の演劇文化を底上げしてくれています。演劇鑑賞会が厳しくなれば、劇団も苦しくなるでしょう。

 

 芝居は、今の時代を生きて何を感じ、どう思うかということからつくります。大変な時代だからこそ演劇を上演し、将来の日本を考える機会を作りたいです。(荻原千明)